前→https://shioori.under.jp/000/2025/10/13/%e6%99%b4%e3%82%8c%e9%96%93%e3%81%ae%e9%9c%9e/

「血なまぐせぇな、どこもかしこも死体だらけで嫌になる」
ドルトはしかめっ面をして吐き捨てる。
「人の死は嫌?」
ディジアムは何かを馬鹿にするように笑っていた。転がる無数の死体にか、この期に及んで死体を嫌がるドルトにか、はたまた別の要因かもしれない。
「別に、誰がどんな理由で死んでたってどうでもいい。汚ぇのが問題なんだよ」
「そう?今さらこんなの気になんないけどなあ」
ディジアムは薄っぺらい微笑みを顔に貼り付けたまま、辺りを見回す。ざっとこの通路だけで20人くらいは死んでいるだろうか。
歩く先にある千切れた何かを靴で蹴飛ばす、まだ質量があってぐちゃりと不快な音がする。
「綺麗な部屋あるか調べてくる、お前は好きにしてろ」
幸いシステムは正常に作動し、施設の著しい劣化も見られない。物資補給と休憩には問題無さそうだ。
「いいの、置いてっちゃって」
ドルトの足が止まる。
「じゃあ付いてこい」
「……」
「なんだよ」
「いや、なんでも」
ディジアムは気にせず先を急ぐように、とひらひらと手を振る。

暗い部屋の中、取り敢えず2人は椅子に座る。
そこそこの数の部屋は覗いてみたものの、未だ清潔な部屋には出会えていない。
「ここらへんの死体は無抵抗だね。眠っているうちに、ドスンと。物語性が無くて実につまんないよ」
ここ一帯の死体はベッドの上で眠るように佇み、羨ましくも感じる。
「お前さ」
「ん」
「……意外とずっと落ち着いてるじゃねぇか」
ふわふわしていたディジアムの目はすっと鋭く落ち着いてから、わざとらしく目を逸らした。
「えー、そう見える?ずっと悲しいのになー、ドルトには分からないんだ」
「苦しくなったらまた泣いたっていい」
ふざけていると思えば馬鹿真面目な顔で、ディジアムは思わずため息が出る。
最近、ドルトは面倒くさい。だからこそ軽口を叩けるような元気が失われてしまう。
「……冗談。そういうのキモいからやめてよ」
なんでこっちが罪悪感を抱かきゃいけないんだ。
「このくらいしおらしい方が可愛いな」
ディジアムはドルトの座っている椅子を靴でがつんと蹴飛ばす。うぜえ。
「そういえば、俺はお前の話を聞きたかったんだ。お前はこのまま眠りたいのか?違うんだろ」
分かっているはずなのに、どうして聞くのだろう。
「さっさと終わらせたいとも思うし、なにかに救われたい気持ちもある。曖昧なものだよ。ずっと無いものを探してる。どうにかしてくれるの?」
「そうありたいけどな」
会話の優位に立たれているのにも苛つく。
「それで、ドルトは何がしたいの」
おどけた口調はとっくに崩れて、言葉は冷たくなって形成される。
「こんだけ手を掛けさせておいて、その質問されるのは癪だけどな」
「そこじゃない、本質が何かって聞いてるの」
「お前が報われて欲しい」
……一体何を言っているんだ?おかしくなったか?
「言う相手を間違ってる、ドルトは私の何を知ってるの」
「似てるから分かるさ」
「例えば?」
「普通なところ」
普通、ね。
「じゃあ、ドルトは報われてる?」
「ああ」
「そう、ずいぶんご都合主義だね」
そう言い残すとディジアムは雑に立ち上がって部屋を出ていく。
ドルトは何も言わずにその背中を見送った。

ーーー
ぼたりと鮮血が床に落ちた。
低く喉の奥から絞り出されるような汚い絶叫、畏怖の目。
「うーん、あんまり切れ味良くなかったのかな」
もっとなめらかに肉にめり込んで、骨までさくっと切れるはずだったのに。
目の前の男は脇腹を抑えてうずくまっていた。逃げる事も出来ないらしい。この時は世界から恐怖という存在は消えつつあり、人間はこういった事態に適応出来ていなかった。
「もっと簡単に確実に、死ななきゃいけない」
精神は絶望に満ちて、やがて憤りにゆっくり変質した。
「なんで死なないんだよ」
悲しみという感情はとっくに枯れ果てて、代わって支配しているのは行き先の無い強烈な焦りと怒りだった。
衝動に身を任せて、全て壊したっていい。何もかも、全部。
「おい、その辺にしとけ」
騒ぎを聞き付けて真っ先に現れたのはドルトだった。一目見ただけで、おおよそ何が起きたのかは察した。もっとも、このような光景は日常になりつつあったからだ。
刺された男のほうは数人駆け付けているようで、おおよそ対処に問題は無さそうだった。まあ、最悪死んだところで俺の知るところではない。
「試作品の切れ味を他人で試すなよ」
なんの効果も無いと分かっていながら、一応注意しておく。
「人で試さないと意味無いんだけどな、何か用?」
ディジアムはドルトのほうを全く見ようとはしなかった。
意識は別のところにあって、針のような強い憎悪が突き刺さるように飛び出していた。
「お前、ずっとそんな感じだと身動き取れなくなるぞ」
「じゃあそうしろよ!捕らえてもっと分かりやすい実験動物にでもすればいい」
がつん、と横の壁を殴る。噴き上がって漏れたそれは誰にも止められなかった。
ディジアムはそのまま更にきつく拳を握りしめる。手に凶器の熱い刃がすっと食い込んで、それとディジアムの血と肉のような塊までぼたぼたと床に落ちた。
「落ち着け」
ドルトに諭されて、ただの暴虐性は少し冷静になった。
苛つく、何で満たされる?ここの人間を全員殺したって腹の足しにもならない。
自分の荒い息遣いしか聞こえない。それが鬱陶しい。
鬱陶しい、鬱陶しい、鬱陶しい!
「うるさい!」
ドルトの諭すような困り顔。そのすぐ下の細くて白い首に掴みかかった。
慣れたもので、ドルトは身じろぎもしなかった。
それからすぐにディジアムの指から力は抜け、腕はだらりと重力に従って垂れ下がった。
「アハハハ、ばっかみたい。全部無駄なのにさあ」
定まらない目線に視界はぐらぐらと歪んで不快極まりない。
「痛いし疲れた」
ディジアムはそう吐き捨てると、何事も無かったように個室へとずるずる戻って行った。
怪我人も撤収し、ドルトはぽつりと取り残されてしまった。
「……はあ、どうにかなんねぇか」
面倒な気持ちもかなり大きいが、それよりもディジアムが心配だった。
小さくて可愛らしくて、それからちょっと憎たらしいあのディジアムは、天使というよりとんだ悪魔だ。歯車が狂いまくった複雑な構造を正してあげないといけない、そう感じさせてしまう。
ぼーっと立ち尽くしていると、少しして現場にソディスがやって来た。
「ドルト、大丈夫?」
「服を汚されただけだ、問題無い」
天井のライトに照らされた真っ白な廊下には、血の跡が浮き立つように目立った。
ソディスはドルトの横を通り過ぎて、血溜まりの前にしゃがみ込んだ。
しばらく見つめてから、ぽつりと言葉をこぼす。
「つらいな、泣きそうになる」
あのソディスが弱音を吐くなんてとんでもなく珍しい出来事だった。聞き間違いを疑う程で、ドルトも目を丸くした。
「お前のほうが大丈夫かよ」
「ごめん、最近考えすぎちゃってて」
「お前が責任感じるような事じゃないさ」
「ドルトも覚えてると思うけど、昔のディジアムはもっと明るくて優しくて、だから……」
ソディスは静かに泣いていた。後にも先にも、ソディスが泣いているのを見たのはこれっきりだった。ドルトは何も言えずにソディスの背中を擦った。
「ドルトにも、申し訳ない」
「俺は楽しく生きてる、なんなら他の3人はもっと楽しく生きてる。もうこんな騒動にも興味失うくらいだからな」
トゥレセ、ハリット、リテ。残りの3人はいつだってマイペースで、むしろ多分この環境を喜んで楽しんでいた。
俺ら残り3人は少し暗がりにいて、ディジアムが一番先に落っこちた。それだけだった。
「恥ずかしながら私には連れ戻す力が無い、どうにかしようとしても更に傷付けて怒らせてしまうだけだった。だからドルト、いつか救ってあげて欲しい」
あんなになったディジアムを、ソディスも諦めていなかった。それを知って酷く安心した。
「……そうできたらいいけどな」
「ありがとう」
ドルトは可哀想になって軽くソディスを抱きしめてやった。
ーーー

実際にディジアムは最近落ち着いて、ずっと人生のエンディングを妄想していた。
少しでも現実を見てしまうと、また狂って吐き気を催す。
だから考えないように、それは広がるように浸透して血液のように全身を駆け巡る。
「つまり今、ドルトは私の心臓」
あの後少ししてから、ドルトは探索がてらディジアムを探しに行った。少しやりすぎてしまったかもという反省もあった。
ディジアムは分かりやすく、ホールの真っ白な長椅子に仰向けに寝転がって天井を見つめていた。長くうねる、紫がかった黒髪は椅子を滑り落ちて床にばらばらと広がっていた。
何か声をかけようとしたが特に思い付かず、取り敢えずディジアムの頭の近くに座って顔を眺めていた。
そうすると急にそんな事を言い放ち、ドルトの胸に人差し指を滑らす。
「好意的に受け取っていいのか、それは」
返事はしない。
「お前って気分がころころ変わるよな、難しい」
セリフの割に、表情はなんだか嬉しそうにしている。
「他人なんだから、分かり合えないのは当たり前だよね」
ディジアムの人差し指はそのまま鎖骨へ、首へ、顎へ、
「例えば今はどんな気持ちなんだ」
唇へ、鼻へ、眉間へ、
「ストーカーうざい、撲滅」
額へ到達すると人差し指と親指を丸めて、ぺしっとドルトに放つ。
ドルトはその手を引っ捕らえると優しく握り返す。
「俺、こんなに可愛いのに。追いかけられるのは不満?」
無視。
ディジアムは掴まれた手をはらはらと振り払い、自分の脚の下へとしまう。
「私もドルトの事分かんないよ。ドルトってもっとしっかりしてて真面目なイメージだったのに」
「自分ではそんな印象ねぇけどな。適当に生きてるよ」
「さすが、器用だね」
それからまた少し間が空いて、静かな時間が流れる。
目を閉じると、夢を見ている心地になってとっても幸せだった。
この優しい雰囲気の中に終わりを錯覚する。
このまま安定して健康的に過ごしていれば、きっとドルトの興味は私から薄れていく。
そうしたら心臓は止まる。
そしたら今度は重くなったそれを抱えて泣きながら眠るのだ。
最近している妄想。
「なあ、まだお前はぐちゃぐちゃだけど、どれが本心?この柔らかいのがお前?」
よっぽど安らかな顔でもしていたんだろうか。弱みを見られたみたいで少し嫌な気持ちになる。
「自分でも分からない。でもきっと、あの時みたいに暴れ回る事はないと思うよ。安心したら?」
ドルトからの返事はすぐに来ず、不審に思って目を開けるとあまり見たことの無い顔が映る。
「……俺が今、お前の目の前にいるのは間違いだったか?」
聞いてすぐに分かった。ああ、ドルトはずっとこれを言いたかったんだ。馬鹿だな、本当に。
「不要なプライドだったし、どうでもいい事に固執すべきじゃない、そういう風にきっとどこかで納得した」
「お前が無くなってしまう」
やっぱり、ドルトは私のそういうところが好きなんだ。優しくして後悔しているんだ。なんて酷い奴なんだろう。
「アハッ、苦しんで欲しいのに?もっと冷たくすれば?」
「そんな事望んでない」
「矛盾してる」
「違う、お前が俺を曲解してる。それに自分の事もまったく理解していない。……まあ、いいんだ、もう少し一緒にいればきっと分かってくれる。というか分からせる」
ドルトの珍しく少し曇った顔はもう晴れていて、また穏やかな気配に戻る。
「でも俺は、お前の心臓にはなれないよ」


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA